成功する人・しない人

たまたまバイトで昨年度のセンター国語I・IIの問題を扱ったのだが、小説として出題された遠藤周作『肉親再会』の一節は面白かった。

過去にパリで芸術に打ち込んだが、結局は生活を取って7年前に日本に帰り、今はそれなりに裕福な暮らしをしている兄。その兄が、役者として成功することを夢見て5年前にパリに渡った妹を訪問するという内容。兄は冒頭に中世美術館でキリストの木彫の死顔を見、何度もこの彫刻を見た昔、この彫刻から発せられる光を求めていた頃を回顧する。その後兄は妹のいない下宿を訪れるが、下宿は最底辺の人々が暮らすそれであった。その夜にとあるキャフェで兄は妹にそろそろ日本に帰ってはどうかと勧める。兄は周りを見渡しこう思う。

相変わらず異様な髪の形をした女や、肋骨のような外套を着た男たちが幾十人もキャフェの中を右往左往していた。これらは屑だ。どれもこれも巴里のなかで自分だけは才能があると思い、沈んでいく連中だ。妹も今、この異国の都会でその一人になろうとしている。

そして「こんな連中みたいになったらお終いじゃないか」という兄に対し妹はこう応える。

「たとえ、そうなったって……生きることって結果ではないじゃないの、償われなくったって自分がいいならそれで結構じゃないの」

妹にとって兄は芸術を捨て、「償われること」「報われること」に走った人間に見えてしまう。兄も自分が完全にはそうでないにしても、そのような面があることは否定できない。自分は安易さを求め、あのキリストの死顔を喪い、代わりに今の安定した暮らしを得たのだ、と。

妹の言い分はいかにも若者のそれである。彼女にも夢ばかり追っていてはいられない、そう思う日が来るのかも知れぬ。しかし夢を追い続ける人だけが持つ輝きもあることは否めない。兄も困難な道を捨て安易さを取った自分を「心の隅で恥じている」。しかしたいていの人間には時間も、金も、無限にあるわけではない。限られたものを全て費やしたところで、夢が叶うと約束されているわけでもないだろう。夢を追えば必ず叶う、そう思うのはいかにも幼稚であろう。だがその幼稚さをただ一笑に付し、退けるわけにも行かない。誰しもそのような時期があったのだし、その輝きを眩しくも感ずるのだから。

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