8月が終わる。夏も去りゆき、芭蕉が詠んだ「蟬の聲」ももうすぐ聞こえなくなる。ふとある8月のことを思い出したので昔語りに綴っておこう。
それは7月だった。まだ7月の上旬頃だったと思う。私が講師として教えるアルバイトを終えてビルの外に出た時、まだヒグラシが鳴いていて、周りは薄暗くなりかけた頃だった。使い古した携帯を見るとメールが届いている。親しい友人というほどではないが、以前同じところで同じ活動をしていた女性からだった。「同じ活動」というのも詳しくは明かせないのだが、まあ学生のボランティアとかアルバイトと考えてもらえばいい。
意外な名前に私は少し驚いていた。その女性にはしばらく前にある用事があって連絡を取ろうとメールを送ったのだが、返事が来ずそれきりになっていたのだ。もうその「同じ活動」をやめて何年も経つし、それから会ったことは1,2回しかなかったから、返事が来なくても当然かとそのときは思っていた。それが今頃になってメールが来た。見返してもやはりその人の名前だ。私はちょっとした緊張と好奇心の混ざった気持ちで携帯のボタンを押した。
あらかじめ断っておくと、私と同い年のその女性は人気者だった。育ちのよさを感じさせる振る舞いと明るさで大概人と一緒にいたように思う。たしかピアノも習っていたのではないか。「愛くるしい」とはまた違うが、黒目がちな目の整った顔立ち。活発さは失わないが上品な仕草をする人だった。一緒に食事を共にした時も、同じ大学生なりにどことなく持って生まれた雰囲気の違いというものを感じたものだ。
メールには彼女の進路が決まった旨が書いてあった。大きなところに行くらしい。私が以前送った例のメールを覚えていて「あの時は返事できなくてごめんなさい」とも書いてあった。私自身そのメールについて忘れかけていたのでそれはどうでもよかったが、彼女の進路が決まったことには単純に喜んだ。返事には祝う言葉と、しばらく迷ったが、よかったらお祝いにお茶か食事でもどうかと書いた。
そう、今になればかつて一緒にいた時に感じていたのは「雰囲気の違い」ということなのだとも言えるが、私にはよく分かっていなかった。sho_taさんが「しあわせの自分騙し」で仰っているのにならえば、たがいにうまくもてなしあうことができなかったのだと思う。あるいは「一緒にいる相手を楽しませること」「充実した時間だった、と思わせること」の技術が私になかったのだろう。彼女に少し心ひかれていたことも事実だが、そうしたことから二人の雰囲気の違いが埋まることはなかった。私がやや強引だったのも災いして、結局おたがいすれ違ったまま、私はしばらく続けていたその活動から離れた。
地下鉄の駅に向かう途中で携帯が震える。7月中は試験やゼミ合宿で忙しいから、8月になったら連絡しますということだった。時間ができたら即連絡しますと。タテマエだな、と直感が告げる。十中八九、いや99%連絡は来ないだろう。うやむやのまま無かったことになるだろう。それでも、どこかで信じる気持ちがあった。7月が終わり8月になったらひょいとまたメールが来るかもしれないと。また会って昔のように話ができるかもしれないと。しかし気持ちだけで世界が動くものではない。言葉ではなく行動が真実を告げる時もあるのだ。
8月中旬から9月にかけて私がどんな気持ちだったか、覚えていない。裏切られたという気持ちはなかっただろう。9月になってから「連絡するって言ったよね?」などとメールするほど意地悪でも根に持つわけでもないはずだ。多分、心の中にまた一つ墓を作っていたのだと思う。そこで永のお別れをしたのはその人だったか8月だったか、それすら今ではにじんだ思い出になってしまったけれども。
これが、ある8月の小さな記憶である。彼女が今どこでどうしているか、私は知らない。








































2007/08/31 at 20:52:04 Permalink
せつない。。
2007/09/01 at 10:13:27 Permalink
どもです。ああ、切ないって見方もあるんですね…。ま、単なる昔話です。
変だったところちょっとだけ書き直しました。