血をすいて 腹をみたせる やぶ蚊かな

なんのヒネリもオチもない。洗濯物を干していると蚊が寄ってきて血を吸っていたので、それを5・7・5で並べるとこうなった。「腹をみたせる」にしようか「飢えを凌げる」にしようか迷ったが、そのままがいいかと思い前者にした。

 血を吸っている蚊がどうやって生きているのか不思議に思う。なんでも動物の体温に近い温度と二酸化炭素を頼りにその皮膚にしがみついてあの口先を伸ばすものらしい。「あたためた石の近くにドライアイスを置いておけば、蚊は石の血を吸おうとするはずだ」というのを何かで読んだが、もし本当にそうだとしたら蚊はまったく確実な世界の見かたをしていることになる。そこにはおそろしく硬い皮膚がある。血を吸いながら腹を減らし、腹を減らしては二酸化炭素と温度を探していく。嘘は存在しない。蚊が騙されているなどと言うのは人間だけである。

 だまって蚊に食われるのを見ていると3匹、4匹とよってくる。この辺には蚊が多い。確実に私はいいエサである。なんだか痒くなってきたので手で払おうとしたら逃げ遅れた1匹が潰れてしまった。ああ、殺生。不器用な手。この蚊は私に潰されるために生まれてきたのか。潰れた体は土の上に。目に見えない微生物たちの出番である。微生物は私の体内にもたくさんいるらしいがお目にかかったことはない。きっとうまいことやっているのだろうと思う。私が食べたり飲んだりしたものが無事に体から出て行くのが彼らのお陰であるなら、ものの循環の中で成立している私を支えているのも物言わぬ彼らだということになる。人間が生きる過程は体の中からしだいしだいに腐っていく過程でもある。その体から出て行くものはさて誰がどうしているのか。

 ところで生き物が物質の流れ、取り込みと排出の中に成立していることは異論がないと思う。機械は情報の出入りがないと動けない/動かないと思うが、体を作っているものまで作り直す必要はない。しかし私においてはテーセウスの船よろしく日々体が作り変えられている。しかも私の知らないところで作り変えられ、不要になったものは外に出される。「腹が減る」とは一つにはそういうことだ。部分によって作り変えられる歩みに緩急あるとは思うが、しかしそれでもなお私は明日も私だろう。

 アナロジーになってしまうのだが、私が無数の情報を私の仕方で受け取り、自身が変容し、そしてまた「外」に対して何かを行為したり発信したり、あるいはしなかったりするというのもこうした生物的な過程と類比の関係にあるのではなかろうか。「赤い」「暗い」「重い」「うまそう」「痛い」こうした言葉で指示されるような感覚はすべて広い意味で情報である。それに対して私は否応なく面白がったり食欲を感じたりする(それをそのまま続けるかはまた別)。またその前段階として圧倒的に多くのものを無視、というより、とりわけ主題とすることなく処理する。そしてそれが染みつく。ここにいわゆる熟練の違い、あるいはまた性格の違いが結びついてくる。同じ森を見てもまったく違うものを見るという事態、同じ言葉や行為をまったく違うものとしてみるという事態。こうした意味では一人一人の人間が世界と情報の網目の中に、あるいはまさに網目として存在することになり、粗雑さと精緻さが生まれてくる…と思うのだが、いささか乱暴な議論になったのでここまで。

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