最近eireneさんのこんなエントリを読んだ。
オウム[真理教; gamma_ut注]に入信した人が「オウムに来て、はじめて人生の意味について語り合う仲間が見つかった」と語っているのをテレビで見たことがある。たぶん、あの頃もいまも、人生の意味を考えたいと切望する若者がいたときに、かれらの存在を許容するような場所が日本社会にはあまりに乏しいのだ。人生の意味について考えることには意味があると語り、励ましてくれるような成熟した大人が、あまりにも少ないのだ。A Prisoner in the Cave – オウム事件について
たまたま新潮社から出た小林秀雄のアンソロジーを読んでいたので、小林ならそうした若者にどう言うかなと思った。永井均氏に言わせればこうした「人生の意味」への問いは青年の哲学であると言うだろう(これだけでは陳腐だが、もちろんその背後には「なぜ他でもないこの私が存在するのか」という子どもの哲学が潜んでいる)。
さて小林ならどう言うかなと思ったのはいいが、私は高校生の頃に高校生らしく新潮文庫の『モオツァルト・無常という事』を読んでそれきりである。たぶん『考えるヒント』までは読んだ気がするが、どっちも中身はすっかり忘れている。今本棚にないところを見るとおそらく実家に置きっぱなし、ひょっとしたら捨てられたかもしれず、たぶん「モオツァルトのかなしさは疾走する」というあまりに知られた言葉を読んでなんとはなしに感じ入っていたのだろう。あれから10年近く経ってようやく私に分かったのは、作家でも思想家でも、つまるところあらゆる表現者はその代表作とだけ向き合っても/対決してもなにも分かったことにはならないということだ(1)。小林もそう言っている。
[一流の作家の全集を日記や書簡に至るまで読めば; gamma_ut注]彼の代表作などと呼ばれているものが、彼の考えていたどんなに沢山の思想を犠牲にした結果、生れたものであるかが納得出来る。単純に考えていたその作家の姿などはこの人にこんな言葉があったのか、こんな思想があったのかという驚きで、滅茶々々になって了うだろう。「読書について」『小林秀雄全作品』第11巻 p.81 – 『人生の鍛錬』p.75f.
だから上記の2冊の曖昧な記憶とこのアンソロジーで小林を語るなどというのは単なる蛮勇なのだが、上の問いへの答えへの手掛りを得るだけなら許されるかもしれない。なぜなら、この記述が上への部分的な答えになるだろうから。
[私の若い時代について; gamma_ut注]どうやらはっきり言える事は、私としては、充分に不安時代であったという事だけだ。どいつもこいつも、のん気に構えているなら、おれは不安になってやる、きっとそんな気だったのだろうと思う。不安がなければ不安を発明してやる、これが青年の特権である。その成果がどんなものであったかは、私としてはあいまいな問題だが、私が、この青年の特権をできる限り行使した事は、先ず確かなことらしい。「青年と老年」『小林秀雄全作品』第24巻 p.179 – 『人生の鍛錬』p.208
「不安がなければ不安を発明してやる、これが青年の特権である」とはなんと強靭な言葉であることか。一見何もないところに不安を発明し、その中でなおも考え、現実と、自身と向き合っていく。そしてその問いは永く続く。分からなくなっても考え続けること。なるほど私は毎日生きているわけだが、その中でも時間はぼんやりと失われ現実はどこともしれずこぼれ落ちていく。現実と他者への感覚が鈍麻しているわけだ。
だが小林にとって、そうした現実の中で現実とぶつかりながら思想を生み出すこと、つまり批評という行為は「危険」なものとして体験されていた。批評をつきつめればその対象は世界からいずれそれを感じる自分自身に転じざるを得ず、批評は「自分にとって危険である」ものになる。大多数の人は「他人には危険かも知れないが、自分自身には少しも危険ではない、そういう批評を安心してやっている。だから批評の為の批評しか出来上らぬ」(2)とまで小林の調子は高まる。「ブーメラン」という言葉はなるほど政治的意味では単なる皮肉とけなし、嘲笑であるわけで、そしてそれにはそれなりの正当性もあるが、思考を志す者にとっては繰り返し潜り抜けなければならない試練である。自分が女/男であるということ、己れの給料・年収と語り、記述と倫理、理性という概念…そうした現実との問題は常に問われ続けなければならない。だから、小林はこうも言うのだ。
思想の敵が反対の思想にあると考えるのは、お目出たい限りである。思想が闘い鍛えられるのは、現実そのものの矛盾によってである。言いかえれば、思想の真の敵は己れ自身にあるのである。どの様な思想も安全ではない。「『維新史』」『小林秀雄全作品』第13巻 p.124 – 『人生の鍛錬』p.95f.
小林にはこうした思想についての考えだけではなく、ドストエフスキー論、晩年の『本居宣長』や様々な美術についての論考、そして未完に終わったベルクソン論の「感想」等があるのではあるが、特に現実に・生活に寄り添う意味で健全と言え、あるいはその勁さにおいてマッチョとも言えるこうした議論が私には新鮮だった。今後の自分の思考の針路を一つ示されたように思う。が、同時にそれはまた自身の中で次のような苦しさ―もちろん私にこの二人のような才能はないが―と同居することなのかもしれない。非常に有名な一節だが引用しておこう。
二人は、八幡宮の茶店でビールを飲んだ。夕闇の中で柳が煙っていた。彼は、ビールを一と口飲んでは、「ああ、ボーヨー、ボーヨー」と喚いた。「ボーヨーって何んだ」「前途茫洋さ、ああ、ボーヨー、ボーヨー」と彼は目を据え、悲し気な節を付けた。私は辛かった。詩人を理解するという事は、詩ではなく、生まれ乍らの詩人の肉体を理解するという事は、何と辛い想いだろう。「中原中也の思い出」『小林秀雄全作品』第17巻 p.125 – 『人生の鍛錬』p.133
さて最後に、小林はcultureが耕作であり果実を実らせることだと言い、自然を材料とする個性を無視した加工は単なるtechniqueである、後者は国際的にもなりうるしなっているが国際文化というのは意味を成さぬと言う(3)。ではインターネットはどちらであろうか?インターネットを支えている技術を見ればtechniqueであるように思われる。しかしそこで生まれている言論、無数の言葉や絵、音楽、ネットアート、そうしたものにはcultureとなる可能性がないのだろうか?伝統とは常に現在であった。むろんそこでは英語がさまざまな面で基準となっているところがある。まだこうした技術、そこを通じて発信しようとする人々もまだ多くはない(これは単純にそれへの対価という側面もあるかもしれない)。それにそこでもおそらく「人種のサラダボウル」のようなものが世界規模でも、またある国の中でも存在するだろう。その意味では「国際文化」はありえないに違いないし「わかる人にしかわからない」という領域もやはり存在するだろう。やはりブログというのはマス的な語り、メディアへのオルタナティブにすぎないという見解もどこかで読んだ。
が、なにもインターネットはブログだけではないし、たとえオルタナティブだとしてもその位置を獲得できればそれは既に十分な文化だろう。ブログに問題があるとすれば、それはその文章を見直すのが基本的には当人だけだということなのではないだろうか。スタンスに拠るだろうが、馴れ合う一方で忌憚なく批判しあうことも欠かせないと思う。私ができるのはそうした新しい畑に一つでも鋤を加え続けることなのだ。
- そしてまた知人友人というのもそうなのだろうが、なにぶん知己とその言葉たちはあっという間に過ぎ去っていってしまうのでどうにも鈍い私はそこまで手が回らない。 [戻る]
- 「文化について」『小林秀雄全作品』第17巻 p.89 – 『人生の鍛錬』p.132 [戻る]
- 「私の人生観」『小林秀雄全作品』第17巻 p.157 – 『人生の鍛錬』p.137f. [戻る]










































2007/08/27 at 10:16:43 Permalink
言及いただき、ありがとうございました。小林秀雄が青年時代を回顧してそんなことを言っていたとは、知りませんでした。紹介いただいた新書は、書店でチェックしようと思います。
2007/08/27 at 16:03:14 Permalink
コメントありがとうございます。
小林のいう「不安」もどれだけ今の時代状況や精神と共通するのか分かりませんが、なにかのヒントにはなるかと思い書いた次第です(実はトラックバックに失敗しました…)。
この本には「君は解るか、余計者もこの世に断じて生きねばならぬ」(「Xへの手紙」)なども収められていて、こうした硬派かつメッセージ性に富んだ志向も彼の魅力なのかなと感じました。
今後とも遠慮なくお願いします。