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”CATS”感想など

2007/08/03 (金) 18:09
カテゴリー: 音楽
kwout this!

キャッツ ― オリジナル・ロンドン・キャスト“CATS”-T.S.エリオットのOld Possum’s Book of Practical Cats(1939)に基づくエピソード集とA.L.ウェバー*1の華麗な音楽、そしてなにより登場する猫達の魅力によって1981年ロンドンでの初演以来世界中で愛されているこの作品。五反田の劇団四季「キャッツ・シアター」でロングラン中であり、見に行った方、また何らかの形で音楽を耳にしたことがある方も多いと思う。一番有名なシーンはグリザベラ(Grizabella)の歌う「メモリー(Memory)」ということになっているが、他にも「長老猫デュートロノミィー(Old Deutoronomy)」、「鉄道猫スキンブルシャクス(Skimbleshancks: The Railway Cat)」、「猫の犯罪王マキャヴィティ(Macavity: The Mystery Cat)」、「劇場猫ガス(Gus: The Theatre Cat)」など楽しめる曲が多い*2

 ここで劇団四季の役者諸氏のうち誰が演じるかということに基づく猫の表現の違い、またロンドンキャスト、ブロードウェイキャスト、さらに各国版のキャッツでの演出の違い、あるいは猫の名前や登場そのものの異同などについて語ることは私の力に余る。ただ一つだけ言えば「ビリー・マッコーのバラード(The Ballad of Billy Mccaw)」が劇団四季版に無いのは不思議だし残念。ともあれ、私が述べたいのは2006年2月21日に見た際に感じたこのミュージカルの宗教性、そしてそのストーリーの出自についてだけである。

 改めて元の詩集の目次を眺めてみると、あることに気づく。目次はこうなっている。

キャッツ―ポッサムおじさんの猫とつき合う法 (ちくま文庫)猫に名前をつけること The Naming of Cats
おばさん猫ガンビー・キャット The Old Gumbie Cat
親分猫グロウルタイガー 最後の戦い Growltiger’s Last Stand
あまのじゃく猫ラム・タム・タガー The Rum Tum Tagger
おちゃめなジェリクル猫たちの歌 The Song of the Jellicles
泥棒コンビ猫マンゴジェリーとランペルティーザー Mungojerrie and Rumpelteazer
長老猫デュートロノミィー Old Deuteronomy
ペキニーズ一家とポリクル一家の仁義なき戦い The Pekes and the Pollicles
猫の魔術師ミストフェリーズ Mr. Mistoffelees
猫の犯罪王マキャヴィティ Macavity: The Mystery Cat
劇場猫ガス Gus: The Theatre Cat
ダンディ猫バストファー・ジョーンズ Bustopher Jones: The Cat About Town
鉄道猫スキンブルシャンクスSkimbleshancks: The Railway Cat
猫に話しかける法 The Ad-dressing of Cats
門番猫モーガン氏の自己紹介 Cat Morgan Introduces Himself
  T.S.エリオット、池田雅之訳『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う法』(ちくま文庫、1995)*3

 明らかに見慣れたミュージカルの順番とは異なっている。ガスが大当たり役だったと懐かしむ”Firefrorefiddle”を演じようと言い、それがグロウルタイガーにつながっていくというパターンがない。主人公とも言えるグリザベラもいない。終わりはスキンブルシャンクスになっているし、そもそも年に一回の儀式、つまりデュートロノミィーに一匹の猫が選ばれ、再生のために天上に旅立つジェリクル・パーティーに猫達が集まってくるという根本的な筋立てすら無い。これはどういうことだろうか。

 そこでヒントになる資料を紹介したい。私が持っているCD、つまりロンドン・キャスト版を日本で発売したものだが、これには河原晶子氏によるライナーノーツが入っている。多少長くなるが引用する。

 T・S・エリオットの猫詩集をミュージカルにしよう! まず最初に、この大胆なアイディアを思いついたのが、作曲者のアンドリュー・ロイド・ウェッバーだった。彼はロンドン公演のプログラムの中で、こんなふうに語っている。「T・S・エリオットの詩集に音楽をつけてみようと思ったのは1977年の頃だった。子供の時から親しんできた詩集だったし、詩がとても音楽的で、独特のリズムを持っていると思った[略]」。そしてこの企画を知ったヴァレリー・エリオット未亡人から未発表の詩や未完の稿がいくつか提供され、その中からグラマー猫グリザベラが誕生し、ウェッバーのイマジネーションはここで一気にふくらんだ。こうして彼は、演出家トレヴァー・ナンに企画を持ちこんだのである。
  『キャッツ』オリジナル・ロンドン・キャスト ポリドール株式会社 POCP-2634/5 河原晶子氏によるライナー・ノーツ(1992年)より

Old Possum's Book of Practical Cats なんのことはない、元の詩集Old Possum’s Book of Practical Catsにいなかったグリザベラはエリオットの詩集がミュージカルになる過程で彼の遺稿と作曲家や演出家たちのイメージから誕生したのである。そして私の大好きなオウム、酒場で飼われていて、みんながもう一杯ビールを頼む原因になるオウムのビリー・マッコーも。またミュージカルを見ている限りではジェリクル・キャット=集まった猫たちという図式になるが、よく歌をきくとジェリクル・キャットの動きはかなり敏捷なようで、「小柄で黒と白、踊りが得意」とも言っており、虎縞で豹ブチのガンビー・キャットや、黒白でもたいそう恰幅の良いバストファー・ジョーンズは外れてしまう。シルクハットから七匹の子猫を取り出せるマジックの天才ミストフェリーズさえも体は真っ黒だからアウト。詩集ではもともとジェリクル・キャットという別の猫達がいたのだ。

 そしてまたデュートロノミィーが年に一回一匹の猫を選び、その猫は「ラッセル・ホテル」を越えて昇天していくというプロットもまた詩集がミュージカルになる途中で生まれたのだろう。そもそもエリオットの詩集にはストーリー性が薄く、いろいろな猫達とその生き方のスケッチという色彩が強い。だがそれそのままではミュージカルには、劇にはならない。そこで旧約聖書の「申命記」の名前を持つ長老猫が神聖な役割を負わされ、もっとも悲惨な猫が救われるという筋書きになったのだろう。むろんのことデュートロノミィーには元の詩集ではそのような救世主、あるいは神の使いとしての役割はない。猫に相応しく九回の―噂では九十九回の―生涯を生きた伝説的な好々爺ではあるが。

 このグリザベラの昇天劇が、受難―神からの救い―再生という点ではユダヤ教・キリスト教の志向性と共通するものがあることは指摘できるだろう。”Touch me”という歌詞もどこかしら”Noli me tangere”(ヨハネ 20:17)の裏写しに感じる。これが元々エリオットの遺稿にあったグリザベラのイメージなのか、それとも演出の過程で付与されたものなのか、今のところ分からない。仮に後者だとしても、それが単に演出家達の好みと方策だったのか、それともエリオットにはそもそもそうした受難―救いへの関心が強く、それに倣ったものだったのか、それも分からない。これはおそらく専門的な研究ではもはや決着がついていることだと思う。ともかくこの日の公演で私が感じたのはこうしたミュージカル”CATS”の宗教性であった。そしてなぜこれを見てから一年半経った今でも強烈に覚えているかというと、五反田の「キャッツ・シアター」に行かれた方はお分かりだと思うが、ミュージカルを見終わって「満足満足」と劇場を出ると目と鼻の先に「幸福の科学」の建物があるのだ。この宗教的空間の対比に私は思わず目がくらんでしまったというわけである。

 ところで当日前の席には「キャッツ」初体験とおぼしき制服の女子高校生二人組が陣取っていた。いわゆる「タガー連れ去り」で小さい女の子が連れ去られてステージで踊っていた時、彼女達がやたらとうらやましがっていてなんだかおかしかった。残念ながらあれはもっとずっと小さい子どもでないと無理なのだろう(…と思ったが、単純に席の問題かもしれない)。

*1:Andrew Lloyd Weberの日本語表記はどれが標準なのだろう?

*2:なおシーン名、猫の名前の日本語訳は池田雅之氏の『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う法』(ちくま文庫、1995 asin:4480031375)に拠った。

*3:英語のタイトルはE.ゴーリーの挿し絵入りの本(Harcourt Brace&Company, 1982 asin:015668568X)に拠った。

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