人前で泣く、ということがない。「全米が泣いた!」「日本中が泣いた!」の映画を見に行ってもなんだか白けるだけ。そもそも人前で泣き出すとか激昂するとかは憚られる感覚がある。そんな私だが、この本を読みながらあふれ出る涙をこらえることができなかった。…と書いたら、リアルで私を知る人は驚かれるだろうか。もちろん泣いてなんかいない。
この短篇集に共通するテーマは「人の死」だが、重苦しさはない。池に落とした小石の波紋が広がるように、すっと心にしみていく。そんな文章だ。泣きやすい人は泣くのかもしれない。いや、普通の人は泣くのかもしれないな、などと思うと不思議に頬が緩む(と、重松氏の文体を真似てみる)。
それにしても新書などではなくこうした文芸作品について書くのは私にとって結構難しい。文章内での構造分析や文体分析、あるいは文章外に出て作家の背景を丁寧に追うといった学問的(?)なアプローチは取る能力も時間もないし、「これはオススメ!」と売上に協力する義理も義務もない。だから結局ただの感想文になってしまうし、なにせ2年も前の本だから優れたものも既にネット上にあるだろう。そこであらすじを辿ることもできるだろう。でも書く。それなりにネタバレするので注意されたい。そして例によってくどい。
なおこの本はM.I.さんからの「宿題」*1。これで重松清氏の作品は『哀愁的東京』『ナイフ (新潮文庫)』に続き3冊目。検索していたら文藝春秋社「はじめての文学」シリーズの今月発刊分が重松氏であることに気づいた。
まず目次を引用しておく。
- ひこうき雲
- 朝日のあたる家
- 潮騒
- ヒア・カムズ・ザ・サン
- その日のまえに
- その日
- その日のあとで
前半4章は独立しており、後半3章は連続している。後半3章で前の4章で出てきた登場人物が再度出てくるという仕掛け。
冒頭で共通するテーマは「人の死」と書いたが、作品中で人が死ぬシーンはほとんど無い。唯一「その日」で人が死ぬがその描写も直接的ではない。だから「どのようにして死んだか」という推理・サスペンス的要素は重要ではない。むしろ問題とされているのは「どのようにして死ぬか」だったり、「どのようにして人の死とつきあうか」だったりする。つまり主人公は余命の告知をされた人だったり、身近な人がそうだったり、あるいは既に近しい人に先立たれた人だ。
そこで問題となるのは死の瞬間の劇的さではない。伏線とカタルシスはポイントにならない。そうではなくて、主題となり背景となるのは「日常」である。だから例えば主人公の妻が亡くなる「その日」にむけて淡々と準備をする夫婦の思いは奇跡には向かわず、奇跡を心のどこかで信じてはいるがそれを思い出すのは辛いということ、むしろ「その日」をちゃんと迎えようと準備し覚悟していた方が精神的にはずっと楽だということになる。あるいはまた「潮騒」で子供達が見せようとする「ゆーじょー/友情」はどこか嘘くさいものとして描かれる*2。
そうした「日常」の中で、死を前にした人・身近な人の死を後にした人の描写もごく淡々となされる。そのような語り口は作者のフリーライター経験が反映しているのだろうとも思うが、「その日のまえに」で新婚の頃を振り返ってなにげない家具を思い出す二人の姿、「朝日のあたる家」で8年前に夫を事故で亡くした妻の姿は憎らしいほど静かだ。
その静けさを象徴するセリフ。これは「その日のあとで」に出てくる看護師長のものだ。
「終末医療にかかわって、いつも思うんです。『その日』[=臨終を迎える日(引用者注)]を見つめて最後の日々をすごすひとは、じつは幸せなのかもしれない、って。自分の生きてきた意味や、死んでいく意味について、ちゃんと考えることができますよね。あとにのこされるひとのほうも、そうじゃないですか?」
重松清『その日のまえに』 p.279
このセリフから、看護師長の問いは読者自身、つまり常に既に「あとにのこされ」ている/先立たれている人に向かってくる。あなたは他人の死をどう考えるのか、と。
著者からのひとつの回答は「その日のあとで」の中に出ている。詩情のかけらもなくまとめてしまえば「人の死には社会的承認が必要である」ということだろう。死は一人では達成されないし、社会的には痕跡がすり減るように死んでいくものだ。ジョン・ダンが”for whom the bell tolls”の句で知られる詩で言ったように、少しづつ土が波にさらわれるように消えていくものだろう*3。finalventさんが最近の日本社会での死をめぐる空気と団塊世代について語っていたことをも想起した( こちら )。さらに疋田善平、宮原伸二両氏に代表される「満足死」の概念あたりも関連してくるだろう(『満足死 寝たきりゼロの思想』)。
「あとにのこされるひと」=死なれる人と死ぬ人との対比がもっとも鮮やかなのは「ヒア・カムズ・ザ・サン」だ。普段の暮らしの中で高校一年生の息子は進路などを心配する母親を「うっせ、うっせ、うっせーの」と相手にしない。しかし母親がふっと「胃カメラ呑もうかな」「[健康診断で(筆者注)]再検査の項目がたくさんあって」という言葉を漏らす。その場では息子は十分に反応できなかったが、心配になって後日「受けたの?」と聞いてみると今度は母親が「はいはい、わかったわかった」と相手にしない。実は最初の言葉のときに母親は既にガンの告知を受けていたのだが、それを母子家庭の頼りない息子に直接教えることはできない。そこで登場するのが英雄としてのストリートミュージシャンだ。英雄でありながら詩人であるこの高校一年生の中性的人物(カオル)は「われら、死への道のりの半ばに」という預言めいた言葉を残していく。カオルがグレゴリオ聖歌やミサ曲を歌うので旧約か新約が元ネタかと思ったが、そのままでは見つからない模様。元ネタご存知の方はご教示くだされば幸いです。
最後に関連してよくわからなかったところを挙げておく。同じ「ヒア・カムズ・ザ・サン」で「今日、耳、日曜」というフレーズがお笑い芸人の言葉として出てくるが、伏線なのか笑うところのかまったくわからなかった*4。また「朝日のあたる家」で出てくる「ヒステリア・シベリアナ」というのは実際にある病気なのだろうか?検索しても村上春樹氏の小説の中で話か、海外のバンドしか出てこないのだが。ヒステリーになった人でシベリアに住んでいた人がたまたま起こした症例、ということだろうか。
「朝日のあたる家」といえばアメリカ民謡、アニマルズだよな、という人(私とか)は こちら やヤマハの こちら が楽しめるだろう(ヤマハのmidiは途中で終わってしまうが)。私も中学生の頃聴いていた。1964年に中学生ということは50代半ばということになるか。命短し恋せよ乙女、っと。









































トラックバック
"『その日のまえに』" にまだレスポンスがついていません。