かつて「たま」というバンドがあった。1989年11月に「イカ天」で登場、90年元日に行われた「輝く!日本イカ天大賞」では大賞を受賞したらしい。いや、そんなことよりも多くの人には「ああ、あの変な歌うたってた変なバンドね」で覚えられているはずだ。そして若い人はそのことすら知らないはずだ。
その「変な歌」は「さよなら人類」と題されていた。当時はそれほど気にも留めなかったが、今聴きなおすとなんとも形容しがたいパワーに溢れている。まず歌詞がかなりシュールだ。「今日 人類がはじめて 木星についたよ」は良い。しかし続けて「ピテカントロプスになる日も 近づいたんだよ」とはどういうことか。なんでピテカントロプス、つまりピテカントロプス・エレクトゥス、つまり「直立猿人」、もっと聞きなれたのは「ジャワ原人」かな、ついでに今の正式な学名は「ホモ・エレクトゥス・エレクトゥス」なんだって、へえ、いやまあとにかく、とにかくだな、なんでそんな猿になるのか、まったくわからない。歌詞の中に説明も無い。よくわからないし別になりたくもないのに、ただその日が「近づいたんだよ」と優しく教えさとされる。耳元で。ここには恐怖がある。
それに歌っているメンバーの風体はどうだ。「バンド」と言えば髪を染める、メイクばっちり、ジャラジャラ・テカテカでギラギラしているというのが普通だというのに(=ヴィジュアル系に対する偏見)、「たま」のメンバーは力みを感じさせない格好、というかきわめてやる気の無い格好だ。ドラムの位置にいる人(石川浩司氏)なんて坊主頭に上半身はただのランニングシャツ一枚だぞ。このスタイルと歌が当時のテレビ界・ポピュラー音楽界に大きなインパクトを与えたことは容易に想像できる。
というか、今出てきたほうが衝撃は大きいのかもしれない。「イカ天」の正式名称は「三宅裕司のいかすバンド天国」という。「いかすバンド天国」なのにそこから出たビッグスター「たま」が(少なくとも見た目は)まったく「イケてない」とはこれいかに。「イケメン」全盛の今日でも遠くから忍び寄ってくるピテカントロプス達よ。もしこれを読んでいるあなたの芸術の定義に「革命」の語があるなら、このバンドをあなたのリストに入れることを検討してみてはどうだろう。
いや、そんな「芸術とマスメディア」について書く予定ではなかった。こんなことではいつまで経ってもタイトルの「木星」にたどり着けない。というわけで木星に向けて話の舵をきると、まずこの「さよなら人類」の歌詞には様々なモティーフが散りばめられている。その元を知りたくなってネット上を見てみるとどうも「猿の惑星」がかなり近しいようだが、あいにく私は未見である(SFファンに殴り殺されそうだ)。その代わり「2001年宇宙の旅」で舞台が木星近辺だったこと、あの映画のテーマの一つが「円環」だったことが関連するのかなと思った。ピテカントロプスは今では人類の直接の祖先ではないとされているが、語の響きとイメージの結び目として選ばれたのだろう。「ホモ・サピエンス・イダルトゥ」などと言われてもピンと来ない。
さらに「木星」は「太陽」「ハレー彗星」「アルファ・ケンタウリ」などの星々からでたらめに選ばれたのではなく、サビのメロディーと関連があるようだ。「関連がある」というのも、Wikipediaの記述などから「サビのメロディーはホルストの『木星』」だそうなのだ。これで話が分かる人は以下の記述は不要。しかし私は「今日 人類がはじめて~」のメロディーと「木星」がどうも結びつかないので、頼りにならない耳とネット上のmidiファイルを頼りに楽譜を起こして調べてみた。その結果が以下の通り。「さよなら人類」の楽譜はアップすると著作権法に触れそうなので、音源を聴きながら読んでほしい。
まず「木星」の有名なメロディー(変ホ長調)の譜面とコードづけ。なぜか大譜表なのはPCの都合。
「さよなら人類」はハ長調。譜面なしでコードを振ると「(F)今日 (G)人類(Am)がはじめ(C)て (F)木星(G)についた(C)よ(C7) (F)ピテカン(G)トロプス(Am)になる日(C)も (F)近づい(G)たんだ(C)よ」となる。「木星」と同じように和音記号で振ると、IV-V-VI-I IV-V-I-I7 IV-V-VI-I IV-V-Iとなる。冒頭のIVスタート、IV-V進行の多用などが「木星」と共通していることが分かる*1。IV-V-I-I7も、IがVIの代理和音だと考えれば「木星」の進行と同じになる。
メロディーラインも「さよなら人類」は拍子を変えてテンポを上げているものの、変ホ長調になるよう短三度上に移調し、テンポを落とし、伸ばしの音(順に「て」「よ」「も」)を前の音から上げるのではなくて逆に下げると、かなり「木星」のメロディーに近づく。「木星」ではフレーズの切れ目切れ目で下降音型をとるのに対して、「さよなら人類」では上昇音型をとるようにアレンジしたのだろう。
ただし、最後の「近づいたんだよ」だけはホルストのI-IV-I進行が合わなかったのか、IV-V-IとIV-Vを使った進行にしている。歌では「い」でシンコペーションを使っており、ポップな感じを出したのだと思われる。
というわけで、Wikipediaの「サビのメロディーはホルストの『木星』」という記述を軽く検証してみた。どこから出た話か知らないが(ひょっとしたら作曲者の柳原幼一郎(柳原陽一郎)氏かもしれないが)、IVスタートでIV-V-I進行の曲は他にも無数にあると思うし、メロディーの類似性もやや厳しい解釈ではある。それにIV-V-VI-I進行は「木星」には無い(これは私が「木星」の和音進行を読み間違っている可能性もあるが)。IV-V-IにVIを挟んだだけかもしれないが、これがよくあることなのか私には判断できない。だからとりあえず「参考にしたかもしれない」程度に留めておきたいが、だから即「パクリの可能性がある」だと言いたいわけではない。この歌ではむしろ「たま」の創造性のほうが勝っているのではないか。「さよなら人類」がホルストの「木星―快楽の神」を知らなくとも楽しめる歌、驚きに値する歌であることは間違いないのだから。
*1:VI-Iの3度の上昇進行って古典的な和声法では禁則だった気がする。でも記憶が曖昧。楽典ないし。ポップスだと普通なのかな。




















































2007/09/01 at 02:09:18 Permalink
すごい! 面白い検証で、興味深く読みました。
私もwikipediaの記述には「?」で、クラシックの木星のメロディーとは
全然違うのでは・・・と感じていました。
コード進行だって、ポップスでは定番中の定番のベタな進行ですよね。
歌詞に「木星」が出てくるから、誰かが無理やりホルストの木星と結びつけたんでしょうか?
2007/09/01 at 13:22:21 Permalink
コメントありがとうございます。旧ブログのほうにもいただいたようですが、こちらで返しますね。
私も素人なのでなんとも困ったのですが、確かに似たところもあって、なんだかこじつけみたいな解釈になっています。平原綾香さんの「Jupiter」ならまるきりそのままなのですが…ただ、このくらいのアレンジはやろうと思えばできないレベルではないはずです。
たま関係者かファンの方がどこかで一発解決してくれればいいんですけれども。(笑)ああ書かれるってことはなにかしら根拠があるのかもしれませんし。
それとVIでごちゃごちゃ書いたところはa minorに転調してると考えればいいのかもしれませんが、面倒なのでほったらかしです…。