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『作家の生きかた』1 退屈

2007/07/05 (木) 23:54
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作家の生きかた今日本で一番有名なのではないかという噂もある池内紀氏の著作(但し母集団は存命の独文学者に限る)。元は2004年に綜合社から『生きかた名人―たのしい読書術』として発行され、今年集英社文庫に入る際にタイトルも変わった。なぜタイトルが変わったか、目次を見ればよくわかる。

借金 内田百間*1/飲み助 吉田健一/心中 太宰治/病気 堀辰雄/妬み 芥川龍之介/退屈 坂口安吾/借用 井伏鱒二/貧乏 林芙美子/反復 小川未明/気まぐれ 洲之内徹/おかし男 長谷川四郎/雑学 植草甚一/小言 三田村鳶魚/かたり 柴田錬三郎/腹話術 堀口大學/子沢山 与謝野晶子/メランコリー 若山牧水/偏屈 正岡容/ホラ 寺山修司/生きのびる 田中小実昌

…どう見ても「生きかた上手」ではない。疑う人は試しに「借金して飲む飲み助で、心中未遂で病気になって、人を妬みながら…」と作ってみればよい。かたりもホラもお手のもの、ひどくイヤな奴のできあがりである。しかもそんな奴に限っていけしゃあしゃあと「生きのびる」うえに、書くものが魅力的なのだから手に負えない。そんな作家達への偏愛を述べた著作。但し小川未明だけはなぜか滅多切りにされている。ちなみに載せられた作家達はすべてはてなダイアリーのキーワードになっている。やるじゃないか、はてなダイアリー。はてなダイアリーに敬礼!はてなダイアリー万歳!(笑)

  ところで遠藤周作だったと思うが、世にある「名詩集」を買ってきて読む効用を説いた一文があった。その中に必ず一つ二つは気に入るものがあるだろう。それを覚え折に触れて口ずさむようになれば、それだけ君の人生は豊かになったということなのさ、と言った調子だったように思う(こう書いてなんだか山口瞳のような気もしてきた)。それに倣って、私もこの本で特に気に入った言葉たちについて少し書いてみたい。

 まず「退屈」。坂口安吾は代表的な作品を昔読んだままでほったらかしてあるが、若者らしく「日本文化私観」の過激な主張に心ひかれた記憶がある。実は今でも少しひかれている。生活の必要が美を生み出すのであり、文化を創るのであり、必要もない古びたものが寂れ滅ぶならそれもまた必定というハナシ。そして池内氏による「退屈」の定義はこうだ。

退屈とは、ひとことでいうと、この世、またわが身というもの、自分がもっとも愛しているはずのそれが、かくべつおもしろくもおかしくもないと気がつくことである。とりたてて何一つ言うべきことがない。だからこそ退屈者は、ことのほか大胆な説を立てる。目をむくような主張をして、地の果てまでも突進する。
   池内紀『作家の生きかた』(集英社文庫) p.69

 そう、「することがない」と「退屈」は違う。することがなければ暇で退屈する人は多いが、たまに「つれづれなるままに」と書き出す人もいる。今ならブログを書く人もいる。しかしそうして忙しくしたとしてもなお退屈ということはありうるのだ。スケジュールが埋まっていてもなお退屈ということはあるのだ。言い換えれば、飽きる。倦む。飽きることも人間の大事な能力だそうだが、世のあらゆることと同じように限度がある。私のように「日の下に新しきことなし」*2までうそぶくようになるとかなりの重症だ(でもだからみんな新しい物語を探すのだろう?)。暇を持て余すよりも、人生に飽きることのほうがよほど問題である。池内氏が見るには、それをよく分かっていた安吾は退屈の余りにデビュー作でこう大仰な文体を採ったのだ。

諸君、偉大なる博士は風となったのである。果して風となったか? 然り、風となったのである。何となればその姿が消え失せたではないか。姿見えざるは之即ち風である乎? 然り、之即ち風である。何となれば姿が見えないではない乎。これ風以外の何物でもあり得ない。風である。然り風である風である風である。
   坂口安吾「風博士」*3

 25歳の安吾は「余は緑なすペンペン草の如く太陽のあるところへ一目散に駈けてゆかねばならぬ」(「木枯の酒倉から」)と書き、労苦を惜しまず仕事にはげんだ。池内氏曰く「その先で美しく退屈するためだろう。」私も見習いたいものだが、どうにも別の面倒なもののために安吾ほど真剣に退屈することができない。困ったものである。なおこのシリーズあと2回ほど続く予定。

*1:本では「内田百閒」。

*2:「先にあったことは、また後にもある。 先になされた事は、また後にもなされる。 日の下には新しいものはない。」(旧約:伝道の書1.9)

*3:全文は青空文庫で。こちら

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