『日本という国』
2007/07/01 (日) 18:33カテゴリー: 本
本人公認と思しきプロフィールサイトを見るとQ&Aのコーナーに「Q:先生は結婚されていますか?/A:しています。」という問答があって、そんなにその手の質問が多いのかと思わずにいられない小熊英二氏の著書。福澤諭吉を手引きに明治期の義務教育制定の過程と実情を前半におき、後半は戦後の日本国憲法・在日米軍・戦後補償をめぐるアメリカと日本、東西陣営の対立構造とその終焉が日本にもたらしている影響を描く。なお現在の自由主義史観、あるいは一部のナショナリズム的言説には距離を置いていることを注記しておく。
これでこの「よりみちパン!セ」シリーズは3冊目になるのだが、今のところは3冊とも当たり*1。この本も得るところが多かったが、特に面白かったポイントを絞ると二つになる。一つは福澤諭吉の「貧にして智ある者」への危惧について。福澤が列強の侵略への恐れから『学問ノスゝメ』を執筆し脱亜論(1885年)*2を論じたというのは周知だと思うが、そこで小熊氏は1889年の「貧富智愚の説」を取り上げ「最も恐るべきは貧にして智ある者なり」という福澤の言葉を引いている*3。なぜ「貧にして智ある者」が最もおそろしいかというと、福澤は富国強兵のために教育は欠かせないと考えるが同時に教育のある者はない者より自己顕示欲・名誉欲・消費欲といった欲求が増える。これは西洋文明の特徴である。しかしそうした欲求を満たせるのは常に社会の少数であり、それは往々にして豊かな者に限られるから*4、自然西洋文明の国には「貧にして智ある者」の不満が鬱々と溜まることになる。それが最悪の場合は社会主義・共産主義として爆発することになる。これはなんとしても避けられねばならないので、不満のはけ口は国外に求められるべき、即ち対外侵略を行うのが上策であり、現に西洋諸国もその政策を行っていると福澤は分析した。この議論の導出過程が承認闘争を文明論的立場から語るものとして現代にも当てはまる点はあるのではないかと思い、面白く感じた(「個性」という言葉やファッション論など)。
もう一つは後半から日本とアジア諸国の戦後補償問題の構造分析を挙げたい。なぜ戦後60年を経た「今頃」になって補償問題が騒がしくなっているのか。韓国に限れば国策という面もあるかもしれないが、より広く世界的な目で見れば話はまた違ってくる。ついでにシベリア抑留問題での日本への補償問題も触れられている。易しい語り口ながらこの問題に関する分析も冷静でクリアーなので、もやもやしている人は一読をおすすめしたい。なおキーワードは「冷戦」。
筆者に特有の文献渉猟も見もの。と言っても『〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性』のような学術書ではないので引用元の明示があまりないのが残念だが、憲法9条に関する吉田茂の見解なども読める*5。「戦死」と遺族ということに関して引かれている杉山龍丸のエピソードはただ胸が痛んだ。”出稼ぎOL ジタバタ日記:「ふたつの悲しみ」 杉山龍丸“で読めるので興味ある方は是非。この少女は無事戦後の混迷を生き抜いた/ているのだろうか…。
*1:残り2冊は『いのちの食べかた』と『さびしさの授業』。
*2:なお「脱亜論」については都倉武之「時事新報史 第16回:朝鮮問題② 「脱亜論」の周辺」が参考になる。[7/2]
*3:なおこの初出は1889年3月の「時事新報」だが、同年11月の『処世之方針』(交益社)に収められた。それはこちらで国会図書館が公開している(リンク先は「最も恐るべきは貧にして智ある者なり」が見られるページ)。
*4:ここがインターネット時代との違いか。
*5:なおこれに関しては小熊氏が平成16年に国会の憲法調査会で公述人として述べた見解がネットで読める。「衆議院会議録情報 第159回国会 憲法調査会公聴会 第1号」





