『渋谷』
2007/04/30 (月) 20:46カテゴリー: 本
藤原新也氏の著作。なぜか教科書会社の東京書籍から出版されている。氏は写真家として有名だそうなので*1、写真集かと思って買ったら全然そんなことはなくて写真は数えるほどしかない。本の大半はセンター街の少女に代表される渋谷・「シブヤ的なるもの」(p.232)についてのエピソードからなっている。そしてそのエピソードは実際の渋谷の少女・元少女についての話である。しばしば「社会」から白い眼で見られる渋谷の少女達だが、氏は彼女たちとの間にヒビを入れることなく寄り添っていく*2。そこから生まれる語りの中で言葉が綴られていくが、私はさしあたり三つの点からこの本をまとめておきたい。母と娘の関係、インターネットと写真、そして写真を撮るということについてである。むろん私の独断的視点なので公平なレビューにはなっていないことをお断りしておく。
母と娘
母と娘の関係についてはふたつの具体的エピソードからなっている。詳しい筋は本書を読んでもらいたいが、ポイントは自らが持つ何らかの価値によって愛を獲得するのではなく、他人に否定されること・自分自身を否定することによって他からの愛・関心を保とうとする精神があるということだろう。こう書くといかにも陳腐だが、自分の価値がなくなったときに「仕方ない」で別れることができる関係ならいざ知らず、親子はたとえ地べたをはいつくばろうとも切れない関係である。親がもつ世間体への繕いなど子どもはすぐに見抜く。親の過度な期待・目標にたわむ心を氏はとらえている。
25歳の女性、アサノサヤカさん(仮名、かつて渋谷センター街に「座って」いた*3 )との会話の中で出てくる話はこうだ。藤原氏はかつてロスアンゼルスでホームレスの「バッジおばさん」の孤独な顔を見たという。普段のバッジおばさんは体中「お祭りのように」バッジや飾りものをつけてロスのハリウッド通りを歩き、カメラを向ければノリノリだ。しかし氏が偶然見た早朝のおばさんは、そのお祭りのような外見とのギャップが哀れにすら感じられるような表情をしていた。それに対してサヤカさんはこう答える。
「それって朝のヤマンバそっくり。夕方から夜はガングロとかヤマンバはすごく生き生きして見えるんだけど、朝の彼女たち、なぜかぜんぜん感じが違って見えるんです。というより自分自身もそう思ってた。朝の街が寂しいって。しばらくすると通勤通学時間になり、皆目的に向かって歩きはじめるでしょ。そんな中を逆方向に向かっている自分は取り残されたようで、朝がいやだった」
藤原新也『渋谷』(東京書籍) p.194f.
朝がイヤ、そんな彼女達はこうも考えている。
地べたに座っているときは、無敵でした。毎日、楽しくなさそうに働いている大人をバカにしてました。ギャルは、ギャルじゃないすべての者を見下しています。そうすることでしか、自分の存在意義を見出せないから。
藤原新也『渋谷』(東京書籍) p.154
無敵、そう、無敵なのだ。すべてを否定することによる無敵。しかしそれは自らのレゾン・デートル*4の裏返しにすぎない。だがそうして得られる存在はあまりに荒涼としている。それをまた否定すること、自身を「ダメな子」にすることで関心を保とうとする姿がそこにある。プロローグにある「おねがいわたしをさがして」というメッセージもその姿と奇妙に響きあう。
インターネットと写真
インターネットと写真についてはアサノサヤカさんとの出会いのきっかけになった一つの写真に関連して語られている。分量的にもごく短い。氏が電車の中で撮ったある写真をアップしたところ、直接メールで応答が来ることもあった(サヤカさんもその一人だ)。しかしその写真、電車の床に座り込む女子高生たちを撮った写真は氏の知らないところで議論を巻き起こし、ある日そ知らぬ顔で氏に帰ってきた。それは実際の知人からのメールで「こんな写真見つけたんだけど、どう思います?僕のまわりでも話題になってるんですよ」という言葉が添えられていた。その現象に対して氏は率直に「不思議な時代になったものだ」(p.148)と感想を述べている。
シャッターを押す
最後に「写真を撮るということ」についてのメッセージに触れておく。人力検索はてなでも質問が出て意見が真っ二つに分かれていたが*5、氏もアフリカで写真と社会のジレンマに直面する。アフリカの美しい昼―青空と白い雲、緑の庭園、それを縁取る赤や黄色のカンナの花―はまさに忘れられた楽園のようである。氏は「半ば祈りに似た気持ちで」シャッターを押す。「眼は目の前の何ものをも否定しない。いや見たという行為そのものが現実肯定なのだ。」(p.144) しかしそれから十分も経たないうちに、その庭園は一人の白人の神父とたくさんの労働者のマサイ族であふれる。裸のマサイ族が一本一本雑草を抜く間、神父は優雅に午後の紅茶を味わう。氏が撮った美は現代になお残る労働の搾取によって成り立っていた。そして氏は考える。
‥‥‥私はその美しい風景をその意味するものによって唾棄すベきなのだろうか。
‥‥‥いや、仮にそれが悪意によって成り立つ美であろうと、その美しさそのものの価値が変わるわけではない。
思考は揺れ動く。
そしてやがてひとつの思いに至る。
美は地表のあらゆるこざかしい塵事を超越してこそ美ではないのか。
カンナの花の輝きは白人神父のものでもなければ、マサイ族のものでもなければ私のものでもない。
それはそのものの存在によってそこにある。
眼はその真の姿を見たに過ぎない。
私はシャッターを押したことを悔いなかった。
藤原新也『渋谷』(東京書籍) p.146
その写真にト書きをつけることは正しいのだろうか。上のように考える氏ならばこの問い自体を否定するだろう。だがマサイ族の人々が立ち上がったときこの問いもまた立ち上がるに違いない。
あるいはまた別の角度からも写真と人間についてのメッセージがある。これは上記の「美について」といった話題よりもむしろいわゆる「報道被害」やそれ以前の人間関係についてのものだ。
エミほど問題を抱えた子はいなかったけど、それぞれ違った個性を持ち、それぞれ違った事情を抱えていた。僕は頭を切りかえ、それぞれのかかわり方の中で撮影をしなければならなかった。エミにとってはたったひとつの大切な出来事なんだろうが、写真家の僕にとってエミのことはひとりの少女であり、ひとつの出来事にすぎない。
それは残酷なことだ。
心に深く立ち入ったまま、とつぜん目の前からいなくなってしまうんだからね。それは薄情なことだけど、この仕事には仕方がないことなんだ。逆に相手の方がとつぜん僕の前から消えることもある。なんかSOSみたいな信号だけを送って来て、行ってみるとそこには誰もいない。まあ、この仕事ってかくれんぼみたいなものかもしれない。
藤原新也『渋谷』(東京書籍) p.96
残酷、なのだが、これを残酷と言えばほとんどの人間関係は残酷になるのではないか。それともそれは私が単にナイーヴなだけだろうか。「かけがえのない」という思いはしばしば非対称的だが、それでもその残酷さには耐え続けなければならない。そして少なからぬ人々がこう思っているのではないかと私は思う。
しかし氏はそのような自らの活動の残酷さにも希望を感じている。写真を撮られることで自分自身のリアリティを感じ、いわば新しく生まれる体験を被写体が経験することも知っているからだ。「写真家のまなざしはファインダーの中で徐々に輝きを増す彼女たちの瞳を見つける。まなざしの中で”私自身”がゆっくりと目を覚ましつつあるのを私は見たのだ。」(p.226) 私などはこの撮影行為をつい”μαιευτικη(maieutike、産婆術・助産術)”と表現したくなるが、そうであればこの本が教科書会社の東京書籍から出ていることにも妙に納得するのである*6。[5/1]
*1:といっても私が見たのは『メメント・モリ』くらいで、氏自身や氏の経歴についてはほとんど無知である。以前氏の有名な写真について触れたエントリはこちら。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」である。
*2:これは私には、少なくとも今の私には絶対できない。この本には書かれなかった失敗が数多くあるとしても、渋谷の若者達と心を通わせることができるというのは単純に恐れ入る。
*3:なお著者は「サヤカ」と普通に呼び捨てにしているが、この文中ではさん付けで言及する。
*4:これ、死語?
*5:この質問: 「あなたは北朝鮮に行きました。飢餓の状況を取材するためです。
食料難に苦しむ辺境の村でカメラを構えていたあなたは、道ばたに倒れ動けなくなった少女がカラスに狙われている光景を目にします。
あなたはどうしますか?」
*6:この本で氏はもっぱら少女に焦点を当てているが、それは20年以上前に『乳の海』で描いた少年の姿から引き続く関心であったとのこと。なお氏はまた少年少女との対極にある「老いの美醜」という一文も物している(『老いの人類史』シリーズ「老いの文化史」1、岩波書店、1986)。短い文章だが妊婦の美と老人の美を関連付けていておもしろい。老人を汚物とみなす「新しいものこそが神」である時代において氏は「老いの意味、老いの美、老いの価値」「自己の晩年」に目を向ける必要があると述べていた。20年経って時代は今どうだろうか。




