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『創』2007年4月号、「貧乏人は麦を食え」

2007/03/15 (木) 02:40
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創 (つくる) 2007年 04月号 [雑誌]

フリーライターの野田敬生氏による”POWER FOR LIVING”と配布元のアーサー・S・デモス財団についての記事が読み応えがあった。2月頃に大々的に宣伝した後フッとなにごともなかったかのように消えてしまったが、アメリカではデモス一族ぐるみで国会議員とも結びついた宗教右派とのことで、ドイツでは財団のテレビ・ラジオCMが禁止されたらしい。民放キー5局ではフジとTBSが一切CMを放送しなかったとのこと。

 また、山形での私学助成金削減に反対する高校生達の運動への斎藤貴男氏の取材が目についた。「2年生に進級した時、仲のよかった友だちが学校を辞めていったんです。母子家庭で、おばあちゃんもいるから、もう学校に通う余裕がないのって。その後もたまに会うと(中略)苦しくなっちゃって。」(p.101)という女子高生の言葉は印象的だった。税収の少ない地方、福祉、格差社会の問題が如実に表れている。

 その記事の後半には、全国私教連のサイトにある大阪の私立高生の言葉が紹介されていた。小泉前首相の「努力する人が報われる社会」という趣旨の発言への疑問の言葉である。それを読みながら私は「貧乏人は麦を食え」という言葉を思い出した。昭和30年12月池田勇人が言ったとされるコトバだ*1。これがマスコミによって非難口調で取り上げられた後池田は「正しいことを言って何が悪いんだ」と近くの者に語っていたとなにかで読んだ記憶があるが、ふとウィキペディアの池田の項を見たら「この(「貧乏人は…」という)発言の真意は、池田が小さい頃から麦食であったため、お互いに苦しいときは麦飯を食べて頑張ろうではないか、というものだった」のだそうだ。そうなると戦後5年も経たない混乱の中、池田は国民に共闘を呼びかけていたことになる*2。さて現在の官・財のトップや如何。

 そこを衝くのがジャーナリズムなのだろうと思うが、新聞社特集の『創』今号に冗談のような話が載っていたので転載しておく。

*3 ある社の記者が、自分と同年輩の人のところへ取材に行って、そこでつい、年収300万円以下で暮らすなんて自分には想像もつかない、と言ってしまったという。年恰好からして恐らくその記者の年収は、800万円以上にはなっているでしょう。正直といえば正直ですが、記者たるものがこの世の中のあり方について、自分の感覚から離れたら、まるで想像力が働かなくなってしまっている。
北村*4 新聞社に入ってしまえば、勝ち組になっていますからね。それがある意味、すべてになっているのです。
桂 そういう次元で自分を守る姿勢に入ったら、記者として、何もできなくなってしまう。年収300万円未満で苦闘している人間の苦悩も分からなければ、虐げられながらも何とか闘おうとしている人たちの闘いの意味にも、共感できない。その辺りが今、大きな問題になっているように思います。

  『創』2007年4月号(創出版) p.42

「勝ち組による取材」か…*5

*1:本来の発言は「所得に応じて、所得の少い人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたいというのが、私の念願であります。」であった。 参照:Wikiquote「国会答弁」

*2:余談だが次の56年の経済白書には「もはや戦後ではない」が載った。これも後年になって多分に誤解された言葉で、本来の趣旨は戦後からのやり方ではもう通用しないからこれから日本経済はどうすればよいのだろうか、という困惑の表明だったという。

*3:桂敬一氏。

*4:北村肇氏。

*5:cf. d:id:gamma_ut:20051207#1133965069

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