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哀愁的東京

2007/03/06 (火) 20:15
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重松清『哀愁的東京』読了。
 絵本作家だったが今は新作を描けずにいる40歳近くのフリーライターを主人公にした短篇9本。過ぎ去った・戻れない東京の時間とそれをいとしむ人びとの物語が主人公の眼と取材を通して描かれている。後ろ向きなのかもしれないが*1、優しさとほの明るさが感じられる物語集。性的なモチーフが比較的多いのもそこに人々を正面から扱うポイントがあると筆者が考えているせいだろう。
 40歳というのはけして若くはない。しかし過去とのリンク・思い出を物語の題材として書きたいのなら、やはり40年くらいの人生が必要なのではないか。高校生・大学生では過去の沈殿が少なすぎる。30代ではまだまだ将来がありすぎる。ちなみに私は20代だが、一篇目の「マジックミラーの国のアリス」を読み終えたあと「もっと年取らないとだめだなー」とわけのわからない感想を抱いた。私も変に思い出にすがるところがあって、それがちっぽけだと分かっていながら、ちっぽけだから後生大事にしてしまう。

 ひとつだけ引用しておく。「文庫版へのあとがき」から。

 「哀愁」は、なにかを喪うことでしか感じられない。「東京」は、もしかしたら、なにかを得ることよりも喪うことのほうに向いている街なのかもしれない。そんな「哀愁」や「東京」が、僕は嫌いではない。だから――書きつづけていきたい、と思う。

   重松清『哀愁的東京』(角川文庫) p.381.

 心の喪われた空白にビリビリ来る作品なのだ。過去をひきずりがちな人、自分が不器用だと思う人にはきっと共感できるだろう作品*2

*1:「後ろ向き」に関してはヴァレリーの言葉に関してのこのエントリも参照。

*2:追記: 喪われていくものへの愛惜ということから言えば極めて日本的な作品ということもできるかもしれない。「あはれ」とか。[3/6]

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