見ておれば言葉にみるみる傷ついて涙を流す異国の少女 (俵万智)
ずいぶん前にこの短歌が入っている文章をなにかで読んだのだが、出典を思い出せない。ストーリーは、俵万智が北東アジア(おそらく中国)の電車に乗っていたところ、斜向かいのボックス席に男女連れが乗っていた。彼らは口論しているようだが、俵には話の内容はまったく理解できない。少し経つと言葉は止んだ。と、みるみるうちに女性のまなこに大粒の涙が溜まり、それが流れだしていくではないか。この時、彼らが話していた言葉は自分には皆目分からない言葉だったけれども、言葉が人間を動かすものだということを強く実感させられた――そんな趣旨の話だったように覚えている*1。
短歌自体だけで見ればものすごい感動的名作というわけではないと思うが、上記のエピソードと相俟って印象に残っている。だから時々ふっと思い出すのである。人力検索で聞いてもよいのだが、いつかここを見る優しい誰かに教えてもらうことにしよう。
*1:cf. 「やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。 」『古今和歌集』「仮名序」冒頭。紀貫之 とは言えこのエピソードでは動かしているのは歌ではないし、仲を和らげてはいないのだが。メモついでに引き写しておく。








































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