TerentiusとJohn Donne
2006/09/21 (木) 22:49カテゴリー: 未分類
「私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない。」 -テレンティウス
“Homo sum. Humani nil a me alienum puto.” -Terentius
Terentius*1は古代ローマの喜劇作家。上の言葉は「自虐者(Heauton Timorumenos)」なる作品に出てくるとのこと*2。なおnilはnihil。この言葉を46種の言葉に訳しているサイトを見つけた。こちら。英語では”I am a human being, so nothing human is strange to me.”、ドイツ語では”Ich bin ein Mensch, also ist mir nichts Menschliches fremd.”。CiceroはTerentiusを(ギリシャの喜劇作家の)Menandros*3を流麗なラテン語に移したと称賛しているようだが、上の言葉のオリジナルがMenandrosなのかTerentiusなのかは不明。『自虐者』が喜劇集に収められているところからするとオリジナルの作品か。
この言葉がどういう文脈で言われたか定かではない。しかし現代では恐らく、そして過去でもまた、しばしば次の詩の意図するところと同じところで解釈されてきたのではないだろうか。
No man is an Island,
entire of itself;
every man is a piece of the Continent,
a part of the main;
if a clod be washed away by the sea,
Europe is the less,
as well as if a promontory were,
as well as if a manor of thy friends or of thine own were;
any man’s death diminishes me,
because I am involved in Mankind;
And therefore never send to know for whom the bell tolls;
It tolls for thee.John Donne*4,Devotions upon Emergent Occasions, no. XVII (Meditation),1624 (published)
言わずもがなだが、For Whom the Bell Tolls(『誰がために鐘は鳴る』, E.Hemingway,1940)の引用元となった詩である。大久保康雄氏による訳は以下の通り*5。
なんぴとも一島嶼にてはあらず
なんぴとも自からにして全きはなし
人はみな 大陸(くが)のひとくれ 本土のひとひら
そのひとひらの土塊(つちくれ)を
波の来たりて洗いゆけば
洗われしだけ欧州の土の失せるは
さながらに岬の失せるなり
汝(な)が友どちや汝(なれ)みずからの荘園(その)の失せるなり
なんぴとのみまかりゆくもこれに似て
自からを殺(そ)ぐにひとし
そは我もまた人類の一部なれば
故に問うなかれ 誰がために鐘は鳴るやと
そは汝(な)がために鳴るなれば
私も今日またすこし死ぬ。
*1:Publius Terentius Afer, c. B.C.190-B.C.159. 英語ではしばしばTerence。
*2:しかしこれがまた日本語に訳されているという僥倖。「西洋古典叢書」という名は伊達ではない。テレンティウス『ローマ喜劇集5』 ISBN:4876981396
*3:B.C.342-B.C.292/291
*4:John Donne(1572-1631)はイギリスの詩人、作家。晩年英国国教会の聖職者もつとめた。
*5:しかしテキストが手元にないので正確さを欠く。記憶によれば大体あっているのだが。




