完読本

なだいなだ『神、この人間的なもの』*1

 昨日あたりからまた最初から読み直して読了。非常に面白かった。いろいろな考えが平易な会話体の中に凝縮されているが、全ての再構成に拘らず雑文を記す。

 著者は宗教の本質を神に見るのではなく、一種の集団的な精神状態として捉えなおそうとする。ここでは「宗教」の意味は日常的な職場的な集団に至るまで限りなく広く捉えられることになる*2。まず著者は日本人に特有な宗教への偏見を取り除くために、宗教に入信するパターンを考察する。一般的に抱かれがちなのは絶望的な状況から入信するイメージだが、それはごく一部であり、世界的に見てほとんどは親がその宗教だったからする習慣的な入信だということが示される。また一旦入信するとその教義への考えは不動であるかのように思われるが、大半の信徒は教義を正確に理解することなど無く、また信仰心も強かったり弱かったりするものだ、という言われれば当たり前のことを諭す。
 その上で著者は歴史的な分析に入っていく。三大宗教*3の唯一神的な試みは、それまでの部族的な多神教から神を無限の彼方に追いやることで人間のまなざしを人間そのものに回帰させる役割があったと説く。それは言い換えれば、部族主義的な争い*4のために必要だった強い狂気を、平和主義を掲げた弱い狂気でもってホメオパシー(同毒治療)を用いて集団的に精神治療をすることであった、と説く*5
 したがって著者はイエスを神の子とは認めず、あくまで天才的な精神治療家として考える*6。日本でも数十年前まではヒステリーが多かったそうだが、著者は2000年前の状況では病人の約半数は心因性のものだったのではないかという仮定を立てる。すると暗示の上手下手では現代の医者より当時の呪術師のほうが圧倒的に上であることから、イエスが「奇跡」として伝えられる病気の治癒もそれほど不自然ではないと言う。また新約聖書に書いてあることもそのまま絶対の権威とはせず、イエスの弟子達が弟子に留まり、イエスを権威に仕立て上げたがためにイエスの本当に伝えたかったこと、始祖達の言明が有耶無耶にされてしまったのではないかと指摘する。イエスはキリスト教を知らないとはよく言われることだが、「今をイエスが生きていたら」という視点で考える「原点主義」を著者は主張する*7
 そう考えると現代の「国民国家」的な状況は(情報伝達手段の発達によって規模が大きくなったとは言え)部族主義への2000年の「後退り」の結果に見えてくる*8。G.ブッシュとイエスを並べれば、石油争いに興じるブッシュよりも「右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ」と説くイエスの方が新しい。現代人は確かに新しい面もあるが、2000年以上旧態依然として変わらない点も多々あるのである。
 それゆえ、我々が昔の人を狂っていた、誤っていたと言うのと全く同様に、我々も後世の人々から何ほどか狂っていた、誤っていたと言われざるを得ない運命にある。ただそれは完全な相対主義と言うのではなく、ファシズム以前の人々がその誤りに気づかなかったのに対して我々はそれを知っているというように、歴史的には漸進していくと考えられている。そこまで楽観的に言い切れるかどうかは措くとしても、我々を取り巻いて止まない狂気に対して病識を抱こうとすること(狂気を狂気と感じないことが狂気なのだ)、そういった心がけで生き抜くことこそが求められている。

*1ISBN:4004308062

*2:したがって「集団意識はその集団が小さいほど強い」ということからキリスト教の分裂を語ることが可能になるし、魔女狩りでもって教会が権威を維持しようとしたことも冷静に分析することが可能になる。

*3:ギリシアの神の体系も唯一神的なそれへの前段階として解釈されている。

*4:敵対部族の殺戮等は強い精神的障害を残しかねなかったはずであろう。

*5:著者は個人的な狂気ではなく集団的な狂気、狂気の伝染という観点を提示する。例としてはフランスのルーダンで起きた「ルーダンの悪魔(尼僧ヨアンナ)」事件、日本の戦時軍国主義等。

*6:ムハンマドは自分はあくまで人間に過ぎないと言ったが、それはイエスの死が30代であったのに対しムハンマドは40代になってから活動し始めたがための現実感覚に拠る、と解釈する。

*7:こう考えるとJaspersの言う「基軸時代」も説得力が増すのではないか。しかし孔子とソクラテスを同じように考えることができるだろうか。

*8:仏教系の人ってしばしば「末法」と言って終末思想を持ち出すが、それだけではそれ自体が正に終末だろう。

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