ゼミ
2005/11/17 (木) 23:19カテゴリー: 考え事, 追記
加えてHeideggerによる中世・近代存在論の遠まわしな批判。また„Über den 《Humanismus》“に関してHeideggerが「Sein und Zeitにおいては自らも主観性の形而上学で語っていた」という旨のことを述べているらしい。裏を取ろうとして本棚を見たら『「ヒューマニズム」について』*1が無い。あれ、持ってないはずないんだけど。『形而上学入門』*2はあるけど。おかしい。…でパソコンのファイル検索したらやっぱり持ってました。てっきり平凡社ライブラリーだと思ったらちくま学芸文庫でした。
当該箇所は同書のp. 49f.と思われます。
[…]主観性を捨て去ってゆくこの別の思索を、十分に、跡づけ直しつつまたそれと一体化しつつ遂行してみることは、『存在と時間』の公刊に際して、「時間と存在」というその第一部の第三篇が、差し控えられたことによって、困難にさせられている(『存在と時間』三九頁を参照せよ)。ここで全体が逆転する。問題の第三篇が、差し控えられたのは、思索が、この転回を十分に言い述べようとしてもうまくゆかず、また、形而上学の言葉の助けによっては切り抜けられなかったからであった。
[11/19]
*2:ISBN:4582760708 カバーが美しい。




