アメリカの現象学者が書いた、場所を中心に論じた哲学史的な本をゼミで読む。今日はAristoteles。ネタは主にPhysica。Aristotelesにとっては場所は宇宙論や概念分析に行くのではなく、月下の世界の自然学の題材なのだ。Aristotelesを現象学的思考の(ある種の)祖先として考えているあたりCaseyの読み込みの激しさを感じますが、有用なことも多いので参考にはなります。Bergsonとかもちゃんと引いてるし*1。ついでにE. Strökerの著作の示唆も頂く。以下箇条書きで。
- AristotelesはPlatonの全てを受け入れる場としてのコーラ(chora)を退けて、包むものとしての面的境界として場を考えた*2。
- Aristotelesにとっては場所は無限、空虚、時間に対しても先なるものだった。特に空虚に関して言うと、空虚の概念は無差別であり、四元素の内在的方向、自然運動の速度の異なりを説明できない。他方場所の概念は運動に加えて不動(最大の場所としての天界)も説明できるのでAristotelesには空虚の概念は不要なものとなった。…本当かな?
- 場所がものに形相を与える、というCaseyの解釈を認めるかどうか。Platonでは形相はイデアに他ならなかったが…。
- 船が川を流れていくとき船がいる場所は「船の下の同一なものとしての水」なのか「川底と川岸」なのか「全体としての川自体」なのかが解釈として問題になる。








































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